今年2月、『ドラゴンクエストVII Reimagined』が発売された。
筆者にとって『ドラクエ7』は、RPGというジャンルの中でもトップクラスに好きな作品である。もちろん、リイマジンドも遊ばない手はなかった。発売から少し遅れて本編をクリアし、その後も紆余曲折あって遅くなったものの、やっとこさこの記事に手を付けている。
さて、私が『ドラクエ7』を好きなのには、ちゃんとした理由がある。何故か――それは本作のもつ強烈なジュブナイル性にある。
『ドラクエ7』は、少年少女たちの冒険を描いた、とても壮大なジュブナイルなのである。
今回はPS版とリイマジンドを振り返りながら、改めて私が『ドラクエ7』に感じている魅力と、令和に再構成された『ドラクエ7』について語っていきたい。
※※※本記事にドラゴンクエストⅦのネタバレを含みます※※※
PS版――なぜジュブナイルが魅力なのか
冒険のはじまり
『ドラクエ7』の冒険は、世界を救う使命から始まるわけではない。
世界にたった一つしかない島、エスタード島。そこで暮らす少年アルスは、幼馴染のキーファやマリベルとともに、「この世界には本当にこの島しかないのか」という好奇心から遺跡を探索し、やがて石板を通じて見知らぬ土地へと足を踏み入れていく。
選ばれし勇者として旅立つのではなく、知らない世界への好奇心が冒険の動機なのだ。
この時点で、『ドラクエ7』には強烈なジュブナイル性がある。しかし、本作のジュブナイルを特別なものにしているのは、こうした冒険の設定だけではない。

仲間会話
PS版『ドラクエ7』では、「はなす」コマンドを使うことで、好きなタイミングで仲間たちと会話することができる。
今では珍しくない仕組みだが、その会話量は狂気的と言ってもいいほどに多い。町へ着いた時、人と話した時、何か事件が起きた時、はたまた戦闘中。何かあるたびに「はなす」を選べば、仲間たちがその出来事について何かしらの反応を返してくれる。
愉快な仲間たち
そして、この仲間たちがまた良いのだ。
身勝手なキーファ、我儘なマリベル、そして狼から人となった無垢な少年ガボ。3人ともまだ若く未熟であり、キーファは自分の興味に従って勝手に突き進み、マリベルは気に入らないことがあれば遠慮なく文句を言う。ガボは幼さと無邪気さのまま、思ったことを素直に口にする。
そして、キーファとマリベルはアルスの幼馴染であり、ガボには人間社会の建前がまだ十分に身についていない。だから彼らは、アルスに対して遠慮がない。誰に腹を立て、誰に同情し、何を疑い、何を面白がるのか。目の前で起きた出来事への感情を、素直にアルスへぶつけてくる。

悲喜交々な物語
そして、そんな彼らが旅の中で目の当たりにするのが、『ドラクエ7』の悲喜交々の物語である。
本作では、石板を通じて様々な土地を巡り、その土地が抱えている問題を解決していく。しかし、そこで出会うのは決して明るい出来事ばかりではない。人の優しさに触れることもあれば、善意が報われず、人間のままならなさや世界の不条理を目の当たりにすることもある。
好奇心から未知の世界へ飛び出した若者たちが、旅を通じて様々な人々や出来事に触れ、世界を知っていく。そうした経験の積み重ねもまた、『ドラクエ7』のジュブナイルを形作っているのだと思う。
そして、まだ若く未熟な彼らだからこそ、そうした出来事を前に黙ってはいない。怒ったり、悲しんだり、疑ったり、喜んだりする。悲喜交々の物語は彼らに様々な経験を与えると同時に、その率直な感情を引き出していくのである。

ドラクエ7のジュブナイルとは
『ドラクエ7』の狂気的な量の仲間会話は、こうした悲喜交々の物語を前にした仲間たちの些細な反応まで事細かに伝えてくれる。そして、何気ない会話を積み重ねていくうちに、キーファやマリベル、ガボは、アルスにとっての友人であるだけでなく、いつしかプレイヤーにとっても友人になっていくのである。
『ドラクエ7』は、少年少女たちが未知のものに触れ、世界を広げながら旅をしていく、その姿を外から眺めるだけのジュブナイルではない。プレイヤーすらもその空気に巻き込んで、彼らと共にジュブナイルを“体験”できる作品であったのだ。
これこそ『ドラクエ7』を私が好いている特別な理由である。
リイマジンド――そのジュブナイルはどうなったか
『リイマジンド』――その名の通り、本作はPS版『ドラクエ7』を現代に再構成した作品である。
PS版『ドラクエ7』には、石板の分かりにくさやテンポの悪さ、頻発するフリーズなど、決して小さくない問題がいくつもある。そういう意味では、現代に合わせて再構成されること自体は歓迎すべきことだと思う。しかし、再構成によって、その作品ならではの魅力まで失われる可能性があるのも、また否定できない。
私が恐れていたのは、ここまで語ってきた『ドラクエ7』のジュブナイル性まで失われてしまうことだった。
では、そのリイマジンドにおいて『ドラクエ7』はどう変化したのか。ジュブナイルという観点で振り返ろうと思う。
良かった点
数ある変更の中でも、私が特に大きいと感じたのは、エスタード島から始まった少年少女たちの関係が繋ぎ直されたことだ。PS版ではキーファが離脱し、さらにマリベルまで長期間パーティーを離れることで、序盤から続いていた少年少女たちの冒険は事実上そこで途切れてしまう。そこから物語は、少年たちの好奇心から始まった冒険というよりも、世界を救う“勇者アルスの英雄譚”へと少しずつ軸足を移していく。
一方、リイマジンドではマリベルが最後までアルスと旅を続け、離脱したキーファとも再会する。PS版では途中で途切れていた少年少女たちの関係に、再び続きが生まれたのである。
そして、この再編を考えるうえで重要なのが、『ドラクエ7』の結末である。
アルスは世界を救った後、勇者として生きていくわけではなく、故郷のエスタード島で漁師になる。少年の好奇心から始まった冒険は、世界を救う壮大なものではあるが、それでも最後には故郷の日常へと帰っていくのだ。そう考えると、『ドラクエ7』は、やはり「一人の少年が勇者になる物語」というよりも、「好奇心から始まっただけの大冒険」として見える作品なのである。

惜しかった点
一方で、どうしても惜しかったのが仲間会話の削減である。システム自体は残り、新たな会話も追加されているが、PS版にあった狂気的なまでのテキスト量は再現されていない。
PS版にあった膨大な会話の大半は、物語を進めるうえでは必要のない台詞だった。しかし、先に述べた通り、私にとってはその「必要のない台詞」こそが重要だった。そのため、『ドラクエ7』を特別たらしめていたジュブナイル“体験”の感覚が薄れたことは否定できない。
表現変化
リイマジンドからジュブナイルが失われたとは思わない。むしろ、表現方法が変わったのだと思う。PS版が、仲間たちの輪の中へ入り込み、一緒に世界を旅する「ジュブナイル体験」の作品だったとすれば、リイマジンドは、少年少女たちの冒険を一本の筋書きとして描く「ジュブナイル物語」の作品だった。
再編によって魅せ方を変えていたとしても、どちらも『ドラクエ7』であり、双方ともにジュブナイルなのである。
まとめ
どちらが好きだったかと聞かれれば、私はPS版を選ぶ。私が『ドラクエ7』に強く惹かれていたのは、少年少女たちの物語を眺めること以上に、その輪の中へ自分も入り込み、仲間たちと一緒に世界を旅する“体験”にあった。この感覚は、他の作品でもあまり味わったことのない『ドラクエ7』ならではの魅力だと思う。
あの狂気と言ってもいいほどの文量をもって世に放たれた会話システムは、『ドラクエ7』の仲間たちや物語構造と偶然噛み合った末に生まれた、一度きりの奇跡だったのかもしれない。しかし、そこで生まれた「仲間と同じ世界を旅している」という感覚まで、一度きりで終わらせてしまうのは惜しい。
ドラクエには、ドラクエにしかない独特の世界観がある。だからこそ、時代の潮流にあわせるだけでなく、いかに深くその世界へ没入させられるかという方向にも、まだ大きな可能性が残されていると思う。
いつかもう一度、PS版『ドラクエ7』のように、仲間たちと同じ世界を旅していると思えるようなドラクエを遊んでみたい。たとえ何十年先でもいいから。

余談
ドラクエ7の反省会を始めるとどうにも収拾がつかなくなりかねないので、とりあえず今回は「ドラクエ7は『ジュブナイル体験』が楽しいんだよ!」という一番言いたいことに絞って記事にした。ここからは余談です。
色々書いたが、リイマジンド自体は初めてドラクエをプレイする人に薦めやすい良作であることは間違いない。ビジュアルもいいし、BGMも元々の素晴らしさを引き継いでいた。遊びやすさも改善されていたが、いっそ親切すぎるくらいであり、自ら縛りを設けておいた方が丁度よい程度の優しいゲームとなっていた。他にも触れられなかったことが多いため、最後にさらっと各キャラの話でもしようと思う。
・マリベル
アルスとの過去エピソードが盛られて、幼馴染というか許嫁では…?みたいな温度感になっていたり、毒舌が若干ナーフされていちゃつきが増えていた。元から好きなキャラというのもあるが、離脱期間の虚無パーティは目を覆いたくなるくらい悲惨なので、マリベルが離脱しないDQ7というだけでもリイマジンドは買う価値があると言っても過言ではない。本当に良いキャラなので、もっと沢山話させてほしいよホントに。

・キーファ
離脱理由が補足されフォローが入ったことで、少し小賢しさを感じるようになるとともに、それでもちゃんと身勝手だなあという部分は残っていてよかった。大人になって再登場しても相変わらず好き勝手動いていて、「それでこそキーファ」という感じで、意地でもグランエスタードには行かないぞという固い意志が伝わってきました。その身勝手さ故に、世間では何を言っても許される感じがある。そんなキーファが好きです。ビバグレイプくらいは自分で貰いに行けよ。

・ガボ
PS版ではアルス、マリベル、ガボの3人旅が長期間あるのだが、マリベルとガボが姉弟みたいに会話していて結構楽しかった思い出がある。何よりあのダーマ神殿を切り抜けた3人だから特別な思い入れが出来ちゃうのもあると思う。保護者役の木こりがいなくなっていて、そのかわりマリベルにめっちゃ懐いている感じが出てた。PS版では一番長く共に旅をするけど、その相棒的役割をマリベルに譲って、アルスとマリベルの弟みたいな立ち位置に収まって丁度良かった気がする。カシムへの短足いじりが削除されてたのはシンプルに残念。

・メルビン
あなたが一番変わってなかった気がする。PS版では面白スケベおじさんだったけど、スケベさはナーフされてました。基本は愉快なおじさんなのだが、グリンフレーク編で全然喋らなかったのはウケた。大人になるほどコメントしにくいよねあの話…。そういえば、特に新しい追加イベントもなかったような…?ホットストーンは煮卵みたいだったし…。でも、声と加入シーンがカッコいいし、ストーリーでもめちゃくちゃ頼りになるからOKです。

・アイラ
テコ入れの恩恵を受けて加入時期が大幅に前倒しになった。加入時はキーファを思い起こすほど好き勝手やってくる(ユバール族はみんなそうなの?)。その割に仲間会話では、これといって記憶に残ることを言っていた覚えがないのは何故なのか…。出番は増えたが存在感が強くなったわけでもなく、リーサと仲良くなるのであれば、これに絡めて印象に残るイベントがもう一つあってもよかったとは思う。あと、トゥーラ弾きを探してるはずなのにジャンに無反応だったのはマジでなんで?

では、本稿はこの辺で。


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