※※※※※ 本記事は盛大なネタバレを含むため、閲覧は自己責任でお願いします ※※※※※
数か月前、『ドラゴンクエスト7リイマジンド』をクリアした。
全体の感想については別の記事を既に公開したが、本作において私が最も好きなNPCについて、本稿で少し語らせてほしい。
『ジャン』
ユバール編に登場し、RPG史に残る略奪劇に巻き込まれた弦楽師である。

弦楽師ジャン
ユバール編
まず、先ほども述べたが、ドラクエ7のNPCキャラで私が最も好きなキャラクターがこの『ジャン』である。(プレイアブルを含めるとどうしてもマリベルと比較しなくてはいけないのであくまでNPCの範囲に留めている)
ジャンは、神の復活を目指して旅を続けるユバール一族の弦楽師である。彼は、同じユバールの踊り子であるライラとは婚約関係にあったが、二人の関係は決して単純なものではない。ユバールには、大地の精霊のアザを持つ者同士は結ばれてはならないという掟がある。ライラにはそのアザがあり、婚約後、ジャンにも同じアザが現れる。しかしジャンはそれを隠したまま、ライラとの婚約関係を続けていた。彼が神の復活を強く望んだのは、ユバールの役目を果たすためだけではない。儀式を終わらせれば、ユバールの掟から解放され、ライラと偽りなく結ばれることができると思っていたからだ。
だが、肝心のライラの心はジャンには向いていなかった。
そして、ここで現れるのがキーファである。儀式の準備が進む裏で、キーファとライラは距離を縮めていく。もともとライラの気持ちが自分に向いていないことを悟っていたジャンは焦り、準備不足のまま神の復活の儀式を強行してしまう。結果、儀式は失敗、天罰という形でジャンは魔物になるものの、主人公達に倒されることでようやく場は治まる。
ジャンはその後ライラにフラれ、責任を感じてその日の夜のうちに一人でユバールを去る。

この時点でジャンに抱く印象は、「不憫」である。
だが、ここで終わらないのがジャンというキャラクターだ。
その後…
物語を進めていくと、老楽師となったジャンと再会することができる。ここで彼は主人公と協力してハーメリア地方を救うことになるのだが、彼は、その時になってもなお、自分の過去を引きずっている。人助けをしても見返りを受け取ろうとせず、自分にはそんな資格はないと言って去っていく。
そこで初めて気付いた。この人はただ失恋した人間なのではない。元々こういう人なのだ、と。
ジャンは、自分の責任から逃げられない人間なのである。


誠実の副作用
『誠実』の副作用。
ジャンを見ているとそんな言葉が浮かんで仕方ない。
アザのことを隠して婚約関係を続けていたこと。焦りから復活の儀式を強行したこと。そして、その結果として周囲に迷惑をかけてしまったこと。それらは確かに事実であり、彼の非である。だが、だからといって、あの日ユバールで起きた出来事のすべてを彼一人が背負うべきだったかというと、それはまた異なることである。もちろん、ユバールの人々に悪意があったわけではないのだろう。だが、その結果として、ジャン一人だけがあの日のことをいつまでも引きずる形になってしまった。
ジャンがこうなってしまったのは、誰かに陥れられたからではない。彼自身が、責任から逃げることが出来なかったからである。
彼は誠実だった。そして、その誠実さは彼を救うものではなく、むしろ彼を縛り続けるものであった。
私は、これを『誠実の副作用』と呼びたいと思う。
なぜ私はジャンが好きなのか
彼は要領がいいわけでもなければ、愛想がいいわけでもない。ただ誠実で真面目ではあると思う。そして、その真面目さが必ずしも彼を報いてくれたわけではない。しかし、真面目に努力したからと言って、必ず報われるわけではない。ジャンも愚直に努力する人間であったが、結果に結びつけるものも持っていたわけではなかった。
それでも、彼は誰かに報いを求めることはなかった。
それは老年になってからも変わらない。魔物から村を救った時ですら、自分には賞賛を受ける資格などないと言って、その場を去ってしまう。恐らく彼以外の全ての人が「そんなことない」と思ったはずである。しかし、彼はそういう人なのだ。悲しいかな、ジャン側が報われる準備が出来ていない。というより、報われるつもりがないのだと思う。
では、報われるつもりもないのに、何故彼は人を助け続けるのだろうか。
――恐らく、彼は結果のためにやっているわけではない。自己満足でやっているのだ。
トゥーラ弾きとしての努力も、贖罪のための旅も、結局は彼自身がそうしたかったからやっているにすぎない。そんな生き方は周囲から見れば損であり、寂しく映るかもしれない。それでも彼自身は納得しているのだ。他人に報いを求めず、自分の中で完結させ、痛ましいほどに強くあろうとしている。
そして私は、その生き方自体を否定したくない。私は自分の人生は自分が満足できるかどうかでしかないと思っている。
私にも彼は救えないが、そんな彼の生き方が好きなのである。
まとめ
他人に報いを求めず、自分の中で完結させて生きている。
私はそんな彼の生き方に共感する。自分ではどうにもならないものを嘆くより、自分がどうするかを考える。自分の行動については、自分が納得できればそれでいい。私自身、そうありたいと思っているからだ。ただ、それも行き過ぎれば、自分ではどうにもならなかったことまで自分の責任として引き受ける副作用がある。そしてこれもまた、私自身、身に染みて覚えのあることである。
ジャンは、まさにその狭間にいる人なのだと思う。
誠実に生きようとする彼自身の性質と、必ずしもその誠実さに報いてはくれない世界。その二つに絡み取られながら、それでも彼は自分なりに納得できる生き方を続けている。だからこそ、いつまでも贖罪の一人旅をしているジャンが少し心配であり、彼のことを考えた時に少し感傷的になってしまうこともある。
私からジャンにできることは何もないが、この作品をプレイした者として、ジャンに敬意を表したい。
せめて、彼が少しでも自分を許せるようになる、そんな日が来ることを祈るばかりである。
~おわり~


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